希望が閉ざされたら、本を開こう。

生き方を問い直す読書感想文

『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』(メイソン・カリー著、金原瑞人・石田文子訳、フィルムアート社、2014年)

訳者による説明を引用すれば、本書は、

「過去から現在までの著名な作家、芸術家、音楽家、思想家、学者など一六一人をとりあげて、それぞれ仕事、食事、睡眠、趣味、人づきあいなどにどう時間を割り振っていたかを紹介した」

もの、ということになる。

特に自由業の人々にとっては興味深い読み物としてだけでなく、すぐに役立つ実用書にもなるだろう。

なのでオススメの読み方としては、手の届くところに紙とペンを用意し、「天才たちの日課」を読みながら、自分の日課を考えるのが面白いと思う。

そして自分もその「天才たち」の一人になったつもりで読むのである(笑)。

彼らの日課はまさに百人百様なので、自分に合いそうなタイプをピックアップして、それをベースに「自分の日課」にアレンジしてみるのもいいだろう。

しかしこれを読んで思ったのは、「みんな思ったほど長い時間仕事をしているわけではない」ということだ。

いや、そう書くとちょっと語弊があるかもしれない。

僕らのような凡人からすると、「偉大な成果を残した偉人たちは、さぞ仕事漬けの一日を送っていたのだろう」と思いがちである。

ところが彼らの日課を見てみると、「一日中仕事をしている」というケースはほとんどないのである。

むしろ一日の中にしっかりと自分の「お楽しみタイム」のようなものを確保している場合が多い。

そうすることによって、彼らは仕事を「やり続ける」ことができたのかもしれない。

面白い点を挙げるとキリがないのだが、この本の醍醐味をひとつ挙げるとすれは、「著名な天才」の一般的なイメージと、実際の生活のギャップだろう。

たとえばあの天才作曲家・シューベルトについて、彼の友人の一人はこう語っているという。

「彼は作曲においては並はずれて勤勉で創造性にあふれていたが、それ以外の仕事と名のつくものに関しては、まったくの役立たずだった」

そのせいかシューベルトは、ピアノの個人教授のような仕事を避けていて、「しょっちゅう友人に経済的な援助を頼まなければならなかった」そうだ。

あの音楽室に飾られている大作曲家が、急激に身近に感じられるではないか(笑)。

そしてこの本を読んでかなりイメージが変わった人に、デカルトがいる。

デカルトと言えば「近代思想の父」であり、あらゆるものを「分けて考える」という科学的発想の原点のような人である。

彼が偉大な大哲学者であることは疑う余地がないが、実際には世の中のものごとはあまねくつながっていて、それを分けるのは「人間のアタマの中」にすぎない。

それを現実社会に反映させようとした「負の結果」が、世界規模に及ぶ環境破壊などの形をとって、いまや人間社会を破滅に追い込もうとしている。

その意味で僕はデカルトにいい印象を持っていなかったのだが、この本を読んで、彼のことがちょっと好きになった。

まず、「デカルトは朝が遅かった」らしく、「午前の半ばまで寝て、目が覚めてからもベッドのなかで考えたり、書いたりして、十一時かそこらまでぐずぐずしていた」という。

なんというだらしなさだ!(笑)。

しかも彼はそのだらしなさを肯定的に捉えていたようなのだ。

本書にはこう書かれている。

デカルトは、優れた頭脳労働をするには、怠惰な時間が不可欠だと信じていて、ぜったいに働きすぎないように気をつけていた」

もうこの時点で、デカルトは僕の「友達」になっていた。

ところがである。

そんな生活をしていた彼は、スウェーデン女王の家庭教師として宮廷に招聘されてしまう。

本書では、「デカルトがなぜその招きを受け入れたのかは明らかではない」とされているが、「いずれにせよ、その決断は悲劇をもたらした」のであった。

あの「ぐうたらデカルト」が、「女王への講義を午前五時から行うように」と命じられてしまうのである。

「その早い時間と厳しい寒さは彼にとって過酷だった」

そうして、

「ほんの一ヵ月で病に倒れ……そのまま十日後に息を引き取る」

ぐうたら生活を取り上げられ、早起きを強制されたことによって、あっという間に死んでしまうなんて……。

ぐうたら仲間の僕としては親近感を覚えずにはいられない。

「ぐうたら」から「ぐうたら」を取り上げると死んでしまうのだ。

とはいえ、本書に登場する多くの天才たちは、自身の「ぐうたら」をも折り込みつつ、「決まった時間に必ず仕事をする」ことを課している人が大多数である。

あとは、その仕事の種類によって、仕事のやり方の傾向はかなり違う気がする。

「画家」と「作家」では、一回に続けられる仕事時間はかなり違う気がするし、本書を読む限りでもその傾向が見てとれる。

これから本書を読む人は、そうした「職種の違い」も意識すると、より得られるものが多いのではないだろうか。

いずれにせよ、デカルトが考えていたように、働きすぎるのはやっぱりよくないようだ。

天才たちの日課  クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々

天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々